「昭和」が次々消えていく

「来年の話をすると鬼が笑う」という諺はよく言われますが、なぜか「去年の話をすると鬼が怒ったり泣いたりする」とは言われていないようです。

昨2022年、昭和の時代を築いてきた著名人たちが、次から次へと鬼籍に入っていくのを、ずっとニュース欄で目にしていました。
芸能ニュースで取り上げられるのは、昭和の俳優さんや芸人さん。山本圭さんや柳生博さんといった渋い役の方から、宝田明さん、西郷輝彦さん、そして島田陽子さんといったスターも亡くなられました。

佐藤蛾次郎さんや渡辺徹さんの訃報も大々的に報じられましたし、上島竜兵さん、仲本工事さんの逝去も衝撃的なニュースでした。

三遊亭円楽さん(というか、私の記憶の中では「楽太郎さん」)が亡くなられたのも、まさに「昭和がまたひとつ遠のいた」という印象でした。

まあ、正直にいって、芸能ニュース欄で取り上げられる方々には、私個人としてある程度以上の強い思い入れはないのですが、文化面でかつて強く影響をうけた方々の訃報には、なお一層「時代が立ち去った」印象を感じたものでした。

たとえば、漫画やアニメ。
水島新司さんや藤子不二雄Aさんが亡くなられたと知ったときは、「あれらの作品の続き」がもう見られなくなったというショックを受けたし、次元大介の小林清志さんや、マスオさんの近石真介さんについても、昭和の茶の間のテレビで聞き慣れた声が喪われた、と深い哀しみを感じたものです。

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自分がかつて、趣味でのめり込んでいた音楽界の人物の訃報には、芸能界や漫画・アニメ界の人たちのそれ以上に、時代の終わりを感じさせられました。

この、2023年1月に矢継ぎ早に報じられたジェフ・ベックさん(23年1月10日逝去)の訃報と、高橋幸宏さん(23年1月11日逝去)の訃報にショックを受けた人は(音楽が好きで心の糧にしていた人たちとしては)少なくないのではないかと思います。
しかも、日付も連続です。
私も、いったい、この新年に何事が起きたのか?!と耳を疑ったものです。
※(追記)このコラムを投稿した日の夜のニュースで「シーナ&ロケッツ」の鮎川誠さんが亡くなったことも報じられました。23年1月29日ご逝去とのこと。ご冥福をお祈りします。さらに時代が過ぎ去りました。
※(さらに追記)23年2月8日にはバート・バカラックさんもご逝去されました。さらに2月13日には漫画家の松本零士さんもお亡くなりになっています。

これらの方々に比べると、日本社会の中での知名度はやや下がりますが、すぐ翌週の23年1月18日デヴィッド・クロスビーさんの訃報がラジオから流れてきたときには「またか?!なんでだ?!」「(こんな訃報が)いつまで続くんだ!」と声に出して嘆いてしまったものです。

デヴィッド・クロスビー

David Crosby 1976 Backstage at the Frost Amphitheater, Stanford CA, Summer (?) 1976 Photo by David Gans (from wikipedia)

※ちなみに、デヴィッド・クロスビーさんは「クロスビー、スティルス、ナッシュ & ヤング(通称:CSN&Y)」などで活躍した、米国のロック/フォークロックのアーティスト。1970年代に十代を過ごした私が、その曲をカセットテープに録音してしばしば聴いていた音楽家です。当時、私が愛読していた月刊誌『ミュージックライフ』(1998年に休刊)、とりわけそのなかの「HE SAID SHE SAID」という読者投稿ページにも頻繁に登場していた人でした。(←「HE SAID SHE SAID」とかコーナー名を出してみましたが、この名前でニヤリとする人は、もうごく僅かしか居ないでしょうね (^_^;  )

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デヴィッド・クロスビーより、もっと認知度は低いかも知れませんが、カナダのロックバンド「バックマン・ターナー・オーバードライブBTO)」のドラマー、ロビー・バックマンさんも23年1月12日に亡くっていました。

ロビー・バックマン

Photo by Mercury Records (from wikipedia)

さらに、「Yes」のドラマーとして超絶プレイを聴かせてくれたアラン・ホワイトさんも22年5月26日に無くなっていたことを、今年知りました。

アラン・ホワイト

Yes concert at Gran Teatro del Banco Central del Paraguay, Asunción, Paraguay.Uploaded by Harold,Photo by leticia chamorro (from wikipedia)

みんな、私が十代の時に、カセットテープで(くどいようですが、カセットテープで。 ←お金がなくてLPはあまり買えなかったし、CDやDVDといったデジタルメディアは、まだ世の中に登場していなかった時代なので…)毎日のように貪り聴いていた“音”の主たちでした。

そうそう!この人の逝去(22年8月8日)もショックでした。やはり、私の十代の、大きな思い出です。

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そして、こうした人たちの訃報の哀しみ以上に、私がこのコラムで伝えたかったこと = 私にとって「失うことが最も大きなショックと感じられた」ものは、これです。
(東京医科歯科大ではない方の大学の名前が無くなることです)

これは、まだ失われていません。が、現時点で「来年2024年に失われる」と決定づけられているものです。
このツイートでも記したように、名前を失うことは、存在を失うことだと、私は感じています。

まさに、私が十代〜二十代にかけて、生活のほぼ全てともいえる比重で時代を過ごしてきた「場所」がなくなってしまう気持ちをいだいています。

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私の母校が、こうした選択をとった理由は、とてもよく理解できています。

記事では

新たな研究教育、人材創出などの統合効果が上がる

…と効果を示しています。

しかし、ウラを返すと、このグローバル化時代に、こうした統合をしなければ、高度研究機関としての存在感を世界に示せなくなっているという実情があるはずです。

私はいま、或るIT事業会社の案件で、世界の優秀なIT人材を日本企業へインバウンドさせる業務に携わっているのですが、その関係で日本の大学の世界でのランキングの情報が耳に入ってきます。

その世界ランクの中で100位以内に入っているのが、東京大学(世界39位)と京都大学(同68位)の2校のみ

「研究力が国内最高水準」で、「国内でも10の学校だけが指定されている指定国立大学」という位置付けながらも、東工大が「上位300校に入らないレベル」、東京医科歯科大学は「上位500校に入らないレベル」という状況です。
世界的競争力はかなり危機感が持たれるところと言ってよいでしょう。

世界の中で生き残っていくためには、もはや、大学としての自我と歴史と誇りを捨てて(?)、新しいフェーズに進まざるを得ない時代になっている。
それゆえの統合の判断だったに違いないのです。

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当然のように、単なる過去の思い出として学校名にしがみついているだけの私の想いなど、そこには1ミリも踏み込める余地はありません。

我が母校は、間違いなく、無くなっていくことでしょう。

そのことに、単なる一卒業生としての、このうえない寂しさと喪失感をかみしめながら、この2023年と、そして2024年に向かっていかなくちゃ。…と、そう気持ちを改めているところです。

*以前に「人類は絶滅危惧種ではないか?」というコラムを書きましたが、改めて考えるに、人類以前に、昭和生まれの自分こそが絶滅危惧種じゃないか、と思え始めてしまいました(^^)

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