毎朝起きる大量殺人事件!!

歳のせいか、近年、歴史モノのドラマが面白くてたまりません。
いわゆる時代劇ですね。日本の時代劇
韓流の時代劇や、中国の王朝を扱った作品もありますが、そちら方面にはいまだ足を踏み入れてません。

「歳のせいか」などと多分に偏った言葉をつけてしまったのは、かつて自分が10代20代30代の頃に
時代劇というのは、おじいさんおばあさんが喜ぶエンターテイメントだよね
などと偏見に満ちた考えをしていたせいでもあります。

そう、ちょうどTBSテレビの『水戸黄門』が最盛期となっていた時代です。
『遠山の金さん』『木枯らし紋次郎』『子連れ狼』、そして『必殺仕掛人・仕置人・仕事人』なども人気だった時代ですね(←年代をざっくりサバ読みしてますが)

当時、ちょっとした骨折などで病院へ入院すると、相部屋の周囲はおじいさんおばあさんばかりで、その人たちが朝から昼から夕方まで、ずっとテレビで上記のような時代劇を見ていて、ちょっと辟易したのを覚えています。(←これもかなり偏見のある思い出です (^^);)

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そんな偏った思い出を抱いていた人間が、「自分自身がおじいさん」な年代を迎えて、時代劇が好きになってしまいました。

ただし、  高齢者が時代劇好き  というのが、ほんとうに的外れな認識であることも自覚しています。
すでに歴女・歴男といった呼び名も定着しているくらい「歴史好き」は、老若男女を問わない指向性であることは明らかです。
歴史好きと時代劇好きは、厳密には異なるものですが、私もただの剣術活劇ではなく、ある程度史実に基づく脚本から成り立っているものに惹かれています。

私のなかで、その最たるものはやはりNHKの大河ドラマでしょうか。
この2024年に放送されているのは『光る君へ』ですが、その前の『どうする家康』、さらにその前の『鎌倉殿の13人』なども欠かさず見ていました。

ただ、2000年以前は、それほどまでに大河ドラマにのめり込んでいたわけではなく、合間合間に、まったく大河を見ない年もありました。
さかのぼって思い出すと、見ていて懐かしく思えるのは竹中直人さん主演の『秀吉』(1996)、福山雅治さんの『龍馬伝』(2010)、岡田准一さんの『軍師官兵衛』(2014)くらい。
それらの合間や、秀吉以前の大河はほとんど記憶に残っていません。
どの年も欠かさず見るようになったのが2018年の『西郷どん』以来ですから、私の大河歴も チョー浅い ものです。

しかし、歴史モノ、時代モノに惹かれてテレビドラマを見るようになって、それ以前(2000年代以前、自分の年齢で言うと40歳代以前)にはほとんど興味を持たずに、よく理解もしていなかった日本の歴史を、ドラマのストーリーで学ぶようなってきました。

戦国時代の勢力図はそんな風になっていたのか。

この武将とこの武将が反目しあっていて、この人物とこの人物が連携をしていたのか。

…といった、おそらく中学・高校で学んでいたはずながらまったく認識していなかったことをいい歳になってから改めて学んだ次第です。

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そうした私が、毎朝起きぬけに(目覚まし時計代わりに)見ているのが『暴れん坊将軍』です。
このWikiページ によると、「足掛け24年全シリーズ12作全放映回数計832回」という超・長寿番組。
『水戸黄門』や『銭形平次』と並んで、日本の時代劇を代表する一大エンターテイメントということもできるでしょう。

前回のコラム  でお知らせした新潟の大学での非常勤講師仕事で現地へ朝8時半に到着するために「朝4時起床」をしていた私の支えとなっていたのも、テレビ朝日・関東ローカルで早朝に再放送されていたこのドラマです。
超・長寿番組で収録内容が膨大にあるので、毎朝  毎朝  毎朝  毎朝  流し続けても弾が切れないようです。

テレビ朝日の、この朝4時台の時代劇枠が、  朝早起きな高齢者向けのチャレンジングな放送  などと位置付けられているのは、高齢者扱いされるのが嫌いな私としてはかなり不満なところはあります。

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一方、この早朝の時代活劇
(暴れん坊将軍や水戸黄門は、NHK大河のような史実を追いかけてストーリーを描くものというよりは、  毎回お決まりの勧善懲悪チャンチャンバラバラを目玉として視聴者に定番的カタルシスを提供するタグイの作品  であると捉えています)
…を見ていて、これは現代のの感覚から見たら、とてつもない悪逆非道なストーリーではないか、ということでした。

普通、ドラマの中で人が一人死んだら、それはもう大事件です。
近年のドラマ界ではそれだけでは刺激が足らないという思いからか、連続殺人事件などといったモチーフも取り上げられますが、それもせいぜい3人か4人、多くても10人にはならないのが定例かと思います。
そうしたことの真相解明のために、捜査一課とか、科捜研とかが大活躍して、それだけで1時間くらい費やしていくだけのストーリーが描かれるのが普通です。

ところが!

暴れん坊なチャンチャンバラバラの世界ではわずか5分ほどで、数十人をバッタバッタとなぎ倒していって、最後に悪玉を「成敗!」とか言って斬って捨てるのが普通。
その後に累累と転がる無数の遺体をどうするのか、という点に触れられることもまったくありません。

いかに現代の憲法が成立していなかった時代とは言え、これを悪逆非道と言わずしてどうする!? というのが今回気づいたポイントです。

同じように感じている人も少なからずいたようで、ネット上でこんな意見も見つけたりしました。

暴れん坊将軍の徳川吉宗が、「悪者を駆逐する」際に、刀をチャッと反転させて(そこで葵のご紋をキラリと見せつけて)峰打ちにする(つまり、将軍の自分はいかに悪人といえども刃物で斬って捨てはしないよ、という姿勢を見せている)…ということもありますが、それでも最後は二人のお庭番へ「成敗!」とけしかけて、ザバリズバリと切り捨てさせているからには、殺生の罪は逃れられないものと考えられます。

毎朝毎朝、このような事が起きているのです。

つまり、私は毎朝、午前4時台に法治国家としては許しがたいほどの大量殺人あるいは傷害)を犯して平然としているドラマを観ていた、ということになるわけで、これは冷静に考えると、大変なことではあります。

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もう一度記述しておきますが、そうした 悪逆非道な 時代劇も、この日本国の大きなエンタテインメントの大ジャンルです。
ただ昭和時代の思い出、などというものではなく、日本においてもっと大きな時の流れの中で培われてきた、偉大な日本の娯楽文化 であることが、たとえばこのWikiの 長大過ぎるページ  を見るだけでも感じ取ることができます。

その存在がもはや、日本の文化史の中で無視することはとてもできないものであることには、もう微塵の間違いさえもありません。

また、この国の歴史の中で、刃渡りゆうに1メートルにもなる長大な刃物凶器を、当たり前のように(今の時代の、この熱い季節で誰もが持っている携帯扇風機のように)持ち歩いて、それを街ナカで鞘から抜くことも日常茶飯事であった時代があったことも、おそらく事実であると考えられます。

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そうした時代の描写として、毎朝、大量殺人の様子を娯楽として放送していること。
そして、それが普通のテレビ番組であると信じて疑わない(疑いようがない)こと。
これはこれで 尋常なこと なのだろうか、とふと思ってしまいつつ、それでも毎朝、同じ時代劇を見ながら起床している私ではありました。

(それにしても、刃渡り10cmくらいの果物ナイフを持っているだけでも銃刀法違反で捕まえられるいまの時代に生まれたことはありがたいことだ。とも思えています。命は大切にしたいですから、ね)

日本の時代劇には戦国時代物もある

戦国時代は、もっともっと、人の死が普通にあった時代なのだろうとも思えます。