火事とクマと少子化の日々

2025年は、11月の後半になって、やっと「ああ、冬だ」と思える空気になりました。
それまでは10月も半袖で「暑い暑い」と言っていた異常年でしたからね。

季節感がずれてきたなあ、と感じつつ、毎朝ニュースをつけると、必ず流れてくる話題が「火事」と「クマ」と、そして「少子化」。

とくに「少子化」は、もはや毎日のように耳にします。
2025年の出生数が66万人。10年連続で減少。
クリスマスイブの前日に、そんなニュースが淡々と発表されました。

さらに高市早苗首相が「我が国最大の問題は人口減少だ」と明言した、という報道も目にしました。

出生数の話だけではありません。
人材不足で初任給を大幅アップする企業。
人件費高騰による値上げラッシュ
AIを使って労働力不足を補う新システムの話。
そして政府の少子化対策

少子化が原因で起きているニュースと、少子化の原因を探るニュース。
この二つを聞かない日は、ほぼありません。

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火事は、空気の乾燥と火の不始末が原因。
クマは、どんぐりの不作によるクマ自身の生存闘争が原因。
このあたりは、わかりやすい。

では、日本の少子化の原因は何なのか。
誰が悪いのか。
その「悪い誰か」をどうにかすれば、少子化は解決するのか。

考え始めると、かなり身動きが取れなくなります。
日本の将来を左右する、しかもかなり切迫したテーマだからです。

クマの世界では少子化とは逆の途をたどっているらしい

クマの世界では少子化とは逆の途をたどっているらしいのは皮肉なこと…(画像はもちろん生成AIによるフェイクです)

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国会答弁や政府の広報資料を見ると、少子化の原因について、だいたい同じ説明が並びます。

晩婚化・未婚率の上昇が少子化の原因
結婚しないのは子育てにお金がかかるから
だから子育て世代への経済支援が必要

さらに、
「非正規雇用者は正規雇用者より収入が低く、有配偶率も低い」
といった統計も示されます。

ここだけを切り取ると、話はとてもシンプルです。
お金がない 結婚しない子どもが生まれない少子化

つまり、
少子化の原因は政府の経済政策
あるいは 賃金を上げない企業
そういう結論にもなりがちです。

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ところが、話はそう単純ではありません。

こちらの記事では、こんな指摘がされています。
日本で最も出生率が高かったのは、終戦直後の最も貧しかった時代
世界的にも、必ずしも豊かな国ほど出生率が高いわけではない

この事実を見ると、
お金がない=少子化の原因」という因果関係は、成立しなくなります。

少子化の原因は、経済だけでは説明できない。
ここで一度、立ち止まる必要が出てくるなと考えられます。

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では、誰が悪いのか。
何が少子化の原因なのか。

気になって調べていく中で、立命館大学のこちらの記事に出会いました。

ざっくり要約すると、
「男性も女性も普通に働く社会」を日本はうまく作れなかった、という主旨になるかと思います。

女性の社会進出と出生率低下が同時期に起きたのは事実。
でもそれは、共働き社会への移行に失敗したから。

日本企業で普通に行われてきたのは「職務内容・勤務地・労働時間」が限定されない働き方。
つまり「家を守る専業主婦がいる夫」にしかできない、極めて男性的な労働モデル。

政策的にも、企業の実態としても、育児休業などの制度は整ったけれど、
それは「一時的な対応」にすぎない。
だから、そうした今の制度では少子化はとても止まらない。

少子化の原因として、かなり腑に落ちる指摘です。

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さらに掘り下げたくなって、ChatGPT=チャッピーくんと議論してみました。
すると、もっと核心的な視点が返ってきました。

それは、少子化の原因は経済ではなく「生活への考え方そのもの」が変化したから、という説。

かつての日本(終戦直後も、そのまえの大正も明治も そして江戸時代でも)では、
男と女は結婚するのが当たり前。
子どもを持つのが当たり前。
お金がなくても、子どもは育てるもの。

子どもは労働力になり、家計を支え、
家族の経済は長い目で帳尻が合っていく。
そんな価値観でした。

今は違います。
結婚しない人生もある。
子どもを持たない選択も尊重される。

子どもを産むなら、
安心して暮らせる家環境を設けるべき。
教育コストもかけて、本人が不自由ないようにしなければダメ。
それができないようなら、子供を持たない方が罪がない。
…これが 今、主流の考え方。

つまり、
昔は「子どもは労働力、社会の支えで、国が富む」
今は「子どもはリスクで、コストで、責任」

この価値観の変化こそが、日本の少子化のおおもとだ、という分析です。
となると「支援金を〇〇〇円配ります」「補助を出します」なんて政策を打っても、まったく解決にならないのは当然のような気がしてきます。

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さらに視野の広い考え方も出てきました。

少子化は日本だけの問題ではない。
韓国、ドイツ、イタリア、スペイン、カナダ、台湾。
制度も文化も宗教も違う国々で、同じように起きている。

つまり、
「日本の政策が悪いから」という説明だけでは足りない、という見方です。

これは、すでに人類史的な転換点だ。
…とチャッピーくんは断言しました。

人類の長い歴史では、
子どもを産むこと自体が、生存戦略でした。

産まなければ、
—労働力が足りない
—老後が支えられない
—家系が途絶える
だから産む。

人類も、他のほぼすべての動植物が抱える使命と同様、
「種の存続のために、ひたすら生殖すること」を
生きる第一目的としてきたものでした。

ところがここ100年ほどで、状況は一変。
—医療が発達し、子どもが死ににくくなる
—社会保障が整い、子どもがいなくても老後が成り立つようになる
—女性が教育と職業を持ち、人生の選択肢が爆発的に増える
—避妊が可能になり、「産まない自由」が確立される

人類史的にみて異常事態とさえいえるレベルで「産むかどうかを本気で考えられる時代」になってしまった。

これは社会が後ろ向きに衰退した結果ではなく、進化して成熟したからこそ起きた現象ではないでしょうか。
つまり、社会や文明が成熟したことの「副作用」。
そんな風に考えられます。

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人類史という観点でみれば、人類はいままで
増え過ぎたら自然に抑制され
減り過ぎたらなんとか仕組みを変えて数を戻す」ということを繰り返してきました。

日本という小さな国の歴史だけ見ても、
戦国時代で多くの死者を出したあとで、江戸の時代には世界で一、二を争う巨大な繁栄都市「江戸」をつくりだしたことなど、いい例ともいえるでしょう。
こんなサイト や こんなサイト でその事実が示されています)

しかし、この「自動調整」も 今は正常に機能しない危険性があるとチャッピーに警告されました。
元凶は、社会の仕組みが「人口が増え続ける前提」のまま止まっていること。
税制も、年金も、雇用も、教育システムも、住宅の需供給も、すべて「人類がきちんと生殖・繁殖をする前提」で設計されたまま。
人類は次のフェーズに入ったのに、社会というOSがまだアップデートされていない、のが最も大きな原因となるのでしょう。

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少子化は、
「国の政策が悪いから起きた問題」でも
「若者がわがままだから起きた問題」でもない。

文明が進みすぎた結果、人類が初めて直面している“未経験ゾーン”。

だから対策として考えるべきは

「少子化を止める」より、
少ない人数でも回る社会」を作ること。

それが、人類史的に見て自然な方向性のように思われます。
人口を無理に増やす発想自体が、もう古いのかもしれません。
(そもそも、どーやったって、そんなこと=無理に増やすこと=などできっこないでしょう)

冒頭でリンクを貼った記事で、「高市早苗首相が人口減少をくいとめる政策を統括する「人口戦略本部」を設置した」と報じられていました。

そんな発想でそんな本部を作るより、
社会のOSを更新するほうへ注力すべきなんじゃないか。
昭和の家族像にしがみつくのをやめるべきじゃないか。
夫婦別姓制を食い止める努力などをしている場合ですらないように思えて仕方ありません。

少子化のことを考えてたら、
まずはそんな結論にたどり着いたところです。

*以前に「1000年後、日本はあるのか」といったコラムで日本の未来への懸念を書きました。が今のままだと本当に「そうなっちゃう」ように思えて不安が増してきました。