寒い季節。
気温と湿度の低さのせいか、
あるいは年齢のせいか、
スマホのホームボタンが反応してくれなくなることが私の悩みです。
指が冷たく、乾いているために、画面のロックが解除できない、スワイプもできない。
いまだにホームボタン付きの古いiPhoneを使っているせいなのですが、
これは地味に、いやかなり困ります。

これが件のMy iPhone。いちばん下のホームボタンあたりも年季入ってます
親指にはぁ〜っと息を吹きかけ、温かさと湿り気を与えると、やっと反応してくれる。
この一連の動作、客観的に見ると、なかなか間抜けです。
令和の、デジタル時代のデバイスを使うために、「原始的な暖の取り方」を挟まないといけない矛盾。
街なかで誰からもそんな場面を見られる恐れはない
(誰もそんな私に関心を払って見ている人はいない)とわかってはいても
恥ずかしい思いをしてしまうものです。
..。.。o○
そんな苦笑体験をしていたら、ふと思い出しました。 昔、1990年代に流行った「マーフィーの法則」。
「失敗する可能性のあるものは、必ず失敗する」
「うまくいかないことは、だいたい一番うまくいかないタイミングで起きる」
「トーストを落とすと、必ずバターを塗った面が下になる」といった、アレです。
1990年代といったら、やっとインターネットというものが一般化し始めた平成の時代。
当時よりもはるかに便利になったはずのこの令和の時代でも、同じようなことが起きていないだろうか。
そう思って、「デジタル化時代のあるある失敗」を探してみました。
ネットを見渡してみても、
自分の身の回りを見回してみても、
山ほど事例が出てきます。
しかも気のせいか、昔より種類も頻度も増えている気がする。
マーフィーの法則は、デジタル化の波に乗って格段にアップデートされているようです。
..。.。o○
そもそも「マーフィーの法則」は、ただのあるあるお笑いネタではない。
認知心理学でいう「選択的記憶」である、といった解説もなされていました。
人はスムーズに事が運んだ時のことはすぐに忘れる。
でも、うまくいかなかった時のことだけは強烈に覚えている。
だから「急いでいる時に限って、PCがフリーズするように感じる」というのがマーフィーの正体なのだそうです。
そして、この法則が顔を出すのは、たいてい「人の感覚」と「仕組み」がズレたとき。
デジタル化で、世の中の仕組みはどんどん精密になっている。
正確で、速くて、合理的。
でも、人間の方はそこまでアップデートされていない。
この「ずれ」こそが、令和のマーフィーの法則の本質といえるかもしれません。
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例えば、スマホアプリでのポイ活や健康管理。
2年前のこのコラムでも記したように、私はいまやポイント稼ぎのためのルーティンに囲まれて生活しています。
【ケース1】歩数計アプリの悲劇:
「1日8000歩でポイントGET!」みたいなアプリ、ありますよね。
夜寝る前に、ふとスマホを見ると若干歩数が足りない。
ポイントのために、狭い部屋の中をウロウロと徘徊する私。
端から見れば完全に不審者です。
スマホを忘れて出かけたら、そういう日に限ってやたら歩くことになった、なんてマーフィーあるあるも報告されているようです。
【ケース2】スマートウォッチのKY通知:
健康のために着けているスマートウォッチの通知がうざい、という場面もあります。
デスクワークで集中して、ようやく企画書のいいアイデアが降りてきた!というその瞬間。
手首がブルルッ。
「スタンドの時間です! 立ち上がって1分間動きましょう!」
いや、今じゃない。
いま立ち上がったら、せっかく降りてきたアイデアが逃げてしまう。
健康をとるか、仕事の成果をとるか。
デジタルデバイスは、時として私たちに究極の選択を迫って悩ませてくれます。
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ビジネスの現場も、もはやデジタルなしでは回りません。
ZoomやMeetなどのオンライン会議システム。
そしてGoogle Workspaceなどのクラウドツールはいまや仕事のインフラ。
でも、便利さの裏には魔物が潜んでいます。
【ケース3】2段階認証の壁:
PCでシステムにログインしようとした時の 「本人確認のため、スマホに送られた番号を入力してください」。
いつも使い慣れたログインなら心配はありませんが、
PC入替などで新しいデバイスからログインするときに、そのスマホが社用スマホか、自分の私用スマホかわからなくて焦る、なんてことも。
もっと酷い場合には、機種変で手放した古いスマホが登録されたままで、ログイン完全不能になったりする。
あわててシステム管理者に連絡しないといけなくなってしまいますね。
デジタルのセキュリティが高まれば高まるほど、私たちが遭遇する壁は高く、厚くなっていきます。
【ケース4】オンライン会議のパントマイム:
大事なプレゼン。
「……というわけで、私たちはこのプランが最適と考えます!」
情熱を込めて提案し、ドヤ顔で画面を見渡す。
しかし画面の向こうのクライアントの表情がおかしい。
「マイクが、今ずっとミュートでした」
口パクで熱弁していた数分間の恥ずかしさは、一生消えない。
逆に、聞かれたくない独り言に限って、マイクがオンになっていて
「失言騒動」を引き起こすのもまた、デジタルの法則です。
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街なかでもデジタル版マーフィーの法則は潜んでいます
とくにかつてキャッシュレス後進国と呼ばれたわが国も、かなりの普及率で「現金を出さずに買い物ができる」環境です。
私自身も先日、うっかり財布を忘れて仕事に出かけたけど、買い物はすべてスマホで完結できたという経験をしました。
ただ、そのスマートさが崩れた時、マーフィーは牙を剝いてきます。
【ケース5】QRコード決済の沈黙:
コンビニのレジ。「支払いはアプリで」とスマホを出す。
店員さんはスキャナーを構える。
しかし、なぜかその瞬間に限って、画面の輝度が最低設定になっている。
あるいは、通信が瞬間的に悪くなっていて、QRコードが表示されずグルグル回っている。
無言で立ち尽くす店員さん。
しかもそういう時に限って、後ろにはレジを待つ長い行列ができている。
結局、慌てて財布からクレジットカードを探して支払う。
無性に敗北感を感じる瞬間です。
【ケース6】改札前の通せんぼ:
ICカードやスマホでのタッチ改札。
颯爽と通り抜けようとした瞬間、「ピンポーン!」。
閉まるゲート。腹部に直撃するフラッパー。
残高不足だった時の、あの「後ろの人、ごめん!」と目で謝りながらカニ歩きで戻る情けなさ。
これも、なぜかいちばん急いでいる時に限って起きる。
デジタル版マーフィーの法則あるある、です。
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こうして見てみると、デジタル時代のマーフィーの法則には、ひとつの共通点があることに気づきます。
それは、「便利さに依存した瞬間、人間本来の能力が試される」ということ。
スマホがあるから電話番号を覚えなくなった。
ナビがあるから道を覚えなくなった。
だからこそ、バッテリーが切れたり、電波が繋がらなかったりした瞬間、私たちはただの「無力な迷子」になってしまう。
昔のマーフィーの法則は「不運」を笑うものでした。
でも、デジタル時代のそれは、
「テクノロジーに甘えている私たちへの、ちょっとした戒め」
なのかもしれません。
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それでも私たちは、デジタルを手放さない。
多少うまくいかなくても、便利さの方が勝っているからです。
今日も指に息を吹きかけながら、ホームボタンを押す。
たぶん明日も、似たようなことをしながら生きていく。
これから生成AIがさらに生活に入り込んでくると、この「ズレ」はもっと大きくなるかもしれません。
でも、「人間が人間である限り、便利さは完璧にならない」。
そう考えると、AIの出すエラーさえも、少し愛おしく思えてきませんか?
デジタル時代のマーフィーの法則。 それは、完璧になりきれない私たちが、デジタルと付き合っていくための「お守り」のような言葉なのかもしれません。