パラ2020開会で見えたもの

東京オリンピック2020について、つい先日(ここここ)にツッコミ所感を書いたばかりでしたが、気がつくと世界では「東京2020パラリンピック」が始まっています。

実は私、常々、オリンピックイヤーのたびに思っていたことがありました。
それは、
「オリンピックは派手派手にやって、テレビで これでもか これでもか と宣伝&試合中継が行われる」けど
「パラリンピックは実に地味。地上波テレビの番組欄を見てもあまり放送枠がなかったりする」
…ということです。

それはどうも良いことではないのではないか
いろいろな意味で フェアじゃない のではないか
と、私はもう数十年に渡って思い続けていました。

2021年8月24日の夜20時(日本時間)に開会式の中継番組が始まる前も、
「まず、いままでのパラリンピック開会式を振り返ってみましょう」
とキャスターが言いながら
・北京2008パラリンピック
・ロンドン2012パラリンピック
・リオ2016パラリンピック
各大会での開会式における華麗かつインパクトあふれる演出のハイライトシーンを振り返っていました。

が、
私は、そのどのシーンも「ひとつも見た覚えが無い」ことに気づきました。

「オリンピック」の方の開会式は、テレビでやっていれば必ず/忘れず/夜中の何時でも 視聴している私です。
そしてオリンピック開会式は、例外なく テレビで事前から宣伝をして賑々しく中継していました。
だけど、パラリンピックの開会式というものを、私はほとんど見た記憶がありません。

忘れているのではなく、きっとテレビで見ていなかったのだと思います。
(ちなみに私の環境では、地上波テレビしかありません。BSやCSやケーブル系のテレビは見られない家に長年住んでいます)

記憶がかすかなので、断言することはできませんが、
例年、オリンピックは地上波テレビで目立つように放送していた
でも、パラリンピックは必ずしもそうはなっていなかった
地上波でやっていた?BSなどでしか流れていなかったのでは?
…ということがあったのではないかと思っています。

100歩譲って「毎回、パラの開会式もNHK総合でちゃんとリアルタイム放送していますよ」
ということだったとしても、私がその時間にチャンネルを合わせるほどの告知・周知・事前PR・直前リマインドはなされなかった。
そのために、私が見逃した…という状況があったはずなのです。

もういちど要約すると
「オリンピックは派手に行われる」(モロモロの予算が多額に投じられる)
「パラリンピックは地味に行われる」(スタッフも予算もオリンピックほどには投じられない)
そういうことが、私は気になっていた、ということになります。

。o○*:.。..。

しかし、今回の東京2020のパラリンピックは違います。
十分に派手に(=にぎやかに)事前宣伝プロモーションが行われている。
NHKも時間や人材や予算をかなり割いている。
新聞を見ていても、にぎにぎしいPR記事と広告スペースが費やされていた。

もちろん、自国開催なので、目につきやすい/視聴しやすい時間帯に開会式が行われて、難なくリアルタイムにテレビ視聴できる、という条件も重なっていると思います。

そのおかげもあって、このパラリンピックの開会式は、私もフルに視聴することができました。
しかも、式の内容が良い!
ネット(こことかこことかこことか)でも好意的な評判が数々挙げられていますが、
私もはっきり言って「オリンピックのそれより、良かったかも」と思っています。
テーマ『WE HAVE WINGS』という共感できる強いメッセージと、それに基づく演出表現が終始一貫していたことが大きいと思います。

とくに「the Little One-Winged Plane」(片翼の小さな飛行機)のストーリーは、涙もろい私を泣かせるのには十分な演出でした。
海外メディアでも画像入りで報道!)

あともうひとつ完全にノックアウトされたのが、布袋寅泰さんでした。
演出音楽が一瞬『キル・ビル』イントロのように聞こえたので(あら、こんなの勝手にアレンジして使っていいのかな)などと著作権的なことを気にしていたのですが、勝手どころか、ご本人登場のサプライズ!

私は、デコトラの中から布袋さんが登場した瞬間に、リビングのソファから飛び上がって、拍手で迎えてしまいました。
これぞ、クールジャパン コンテンツ。
まさに、その通りだと思います。


(キル・ビルのテーマ、かっこいい!!!)

。o○*:.。..。

そんなこんなで、オリンピックの時と同様に、(世間の賛否両論、の否の意見も渦巻く中で)私はイノセントにパラリンピック開会式を心から楽しんでいました。

しかし、その場にあの「IOCバッハ会長」がまた来日して参加していて、そのことを政府分科会 尾身会長が真っ正面から批判・非難していることを翌日のニュースで知り、楽しかった気持ちが少しだけ吹き飛びました。

吹き飛んだついでに、ささやかに思いついたことがあります。
このままコロナが収まらないことによる、ひとつの時代の終わりと新しい時代の始まり」に関することです。

。o○*:.。..。

この国の(現時点での)首相のコミュニケーション力の欠如のせいだけに関わらず、今後、地球上でコロナが収まっていく保証も見通しも、まだ何もない状態です。

いちどはコロナを克服したと安堵していた国も、いま改めて感染が拡大して途方にくれているのは国際ニュースで日々報じられている通りです。

※「だからロックダウンをするつもりはない」と言い張る首相の論点が まったくもって的外れ であることはここではあまり触れないことにします。そんな言い分を通すなら「ワクチンだって積極的に進めた外国が未だにコロナ克服していないじゃないか」という反論が堂々とできてしまいますので。

象徴的なのはニュージーランドでのコロナウイルス対策事情です。

ニュージーランドは初期の頃から全土に厳格なロックダウン対策をとることで、一時は“完全に”コロナ根絶を図ったことで世界的に称賛を浴びていた国でした。

しかし、ここへきてデルタ変異株の感染者が確認され、同国の保健大臣は「ロックダウンで【感染者ゼロ】を目指す政策はもう限界になりつつある」と発表するに至りました。

大臣は「これからは、コロナウイルスとの共生を図る考え方が必要になる」といった主旨の発言もしたようです。
(参考ニュースサイト)https://www.afpbb.com/articles/-/3362747

いちどはコロナ抑え込みに成功した国でこの状況です。

楽観的過ぎる首相が、国民の誰もが納得できる根拠なしに「明かりがはっきり見え始めた」と言い張る国では、なおさらに「コロナが終息する見込み」はないと考える考え方もあるのではないか。
私には、そう思えてきた次第です。

。o○*:.。..。

つまり、私が思いついた「新しい時代」の始まりとは、「コロナが無くならないことを前提とした時代」を示します。
ニュージーランドの保健大臣が発言していた「コロナと共に生きる時代」です。

それに対して「終わる時代」は、たとえば今のIOCバッハ会長が普通にふるまっていた時代
オリンピックに観客を動員することで、多額の収入が得られることを前提としていた時代です。

今回の東京2020(オリンピック&パラリンピック)は、結果として「会場に観客は入れない」「誰もがテレビやネットで観戦して応援する」というやり方で進むことになりました。
しかし、コロナは無くならないという仮説のもとでは、2022の北京冬季五輪や、2024のパリ五輪が「普通に実施できる見通し」は(少なくとも現時点では)どこにも無いこととなります。

だとしたら、まさに今回の東京2020が、まさに絶好の先駆的事例。
今後のオリンピック&パラリンピックは、定常的に「無観客」「応援はテレビ&ネット」というのがスタンダードになる可能性があります。

分野はまったく異なりますが、先日、国内上場企業で初めて「株主総会を完全オンラインで開催した」というユーグレナ社のニュースが話題になったりもしていました。
「今後、このやり方が浸透していく可能性もある」とも論評されています。

そうなると、バッハ会長のような人の言動や考え方は、もはや時代の阻害要因になっていくでしょう。

東京2020パラリンピック開会式の演出ではありませんが、「新しい風は吹き始めている」という状況です。

。o○*:.。..。

お話をパラ開会式に戻しますが、私はここでも意識を変革させられる言葉に触れることができました。

それはショーの後半に、会場の床面に大きく映し出されていたこの言葉です。

#weThe15
(私たちは15%だ)

パラリンピックに出場するような(そして出場はしなくても)障がいをもった人は世界人口の15%に相当する、という事実を伝えるキャンペーンワードです。

この言葉に触れて、私の印象はガラリと変えられました。
私はもっとずっと少ない比率かと、勝手に思い込んでいました。

15%といったら、「日本の有権者人口のなかで公明党や立憲民主党を支持する人の比率」より何倍も多く居るということになります。
※最近の世論調査で公明党の支持率も立憲民主党の支持率もヒトケタ%でしかありません。

つまり、障がいを持つ人たちはまったくもって特別な存在でない。
むしろ「四肢に障がいが無く、視覚も聴覚にも脳の機能にも障がいが無い人間は、全人口の85%しか居ない」ということになります。

そのきわめて重要な事実に気づかせてもらいました。

#weThe15

たったひとつの言葉だけで、人が感じる世界観は180°変えられることがある、と教えられた瞬間でした。