前回、「東京2020パラリンピック」の開会式で気がついたことを書き記しました。
13日間というのは早いもので、この「もうひとつの方のスポーツの催し(*)」も9月5日の閉会式であっという間に終わってしまいました。
*:paralympicの「para」は「並行の」「もうひとつの」という意味ですからね ←現代の解釈で
毎日毎日、一日も欠かさず「金を獲った」「銀を獲った」「銅を獲った」というニュース速報が流れ続けた13日間でした。
そして、それはオリンピックの時のメダル獲得のニュースとは、ちょっと異なった響きをもって私の胸に伝わってきました。
その “異なった響き” とは、前回のコラムの最後で触れた「#weThe15」に由来する、気持ちの変化につながるものでした。
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うまく適切な言葉に出来ないのですが、飾りをつけないでストレートに言ってしまうと、今まで私自身が、パラリンピックを
「自分たちとは違った、特別な人たちが出場するスポーツ大会」
という認識で見てしまっていたように思います。
そして、その認識が、この東京2020パラリンピックで、“間違い”に気づかされた。
…そういうことなのだろうと思っています。
特別なことなどではない。
これはこれで、もうひとつの通常なのだ。
…そういうことなのだろうと思っています。
いままでは、パラリンピックでメダルを獲った、と耳にすれば
「ハンディキャップがあるのに偉いなあ」
といった目線だけで見てしまっていたのが、今回は
「自分の力を最大限に発揮して、世界のトップを獲ったんだ、凄いなあ」
という思いでニュースを受け取るようになった、という言い方もできるでしょうか。
特別な人が、偉いことをした、などということではなく
普通の人が、自分を高みに導くことに成功した、という認識。
もっと身も蓋もない言い方をしてしまうと
「パラリンピックに出場する選手を“ちょっと下”に見た 上から目線 で捉えてしまっていた」というところを、
「ここに出ている選手達は(普段ろくに運動もしない私などは足元にも及ばない)凄いコトを達成した人たちなんだな、と率直に称賛する気持ちで見ることができるように変わった」
という事。
もしかすると、1ヶ月前の「オリンピック」に出場して活躍した選手たちと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に「パラリンピック」に出場する選手たちは超人なのではないか。
そんな思いも抱かれるようになってきました。
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現に、今回のパラリンピックでは「WR」や「PR」という文字(World RecordやParalympic Record)が頻繁に表示されていましたが、PRだけでなく、WRを更新する好記録を出す人が続出しているのを目にしました。
両足義足の選手が、普通のオリンピックやその他の選手権大会に出場する選手を上回る記録を出したりしているのです。
身体のハンディキャップを持つ人が、幅跳びで6mも7mも宙を飛んだり、腹筋背筋の機能を失った人が何十分間も激しい格闘技のような競技で闘い続けたりしているのです。
いままで、パラリンピックを特別な人が出場する、特別なスポーツ大会といった目で見てきた自分の誤った認識を、私は恥じました。
「#weThe15」のキャンペーンワードを目にして、私はそのことに気がつくことができました。
なにしろ 「The15」。 15%の人たちなのです。
特別などと言っては、失礼です。
その人たちが居る、その存在をきちんと認識して敬意を払わなければなりません。
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毎日読んでいる新聞の投書欄でも、同じような思いでパラリンピックを見ていた人の感想が多数記されていました。
「パラを見ながら、感動で何度も泣いてしまった」という人。
「見て慣れて、慣れて知るほどに、心の中の差別的な視線が消えていった」という人。
そして、7月8月のオリンピックの時と比べても桁違いの数で、そうした“声”が多く投書されたという、選者の側のコメント。
ネットの評価を見ていても、(「We have Wings」のパラ開会式の時と同様に)「Harmonious Cacophony」をテーマとしたパラ閉会式にも「オリンピックの時より良いかも」といったコメントが多く発信されているようです。
閉会式に出演していたダンサーもミュージシャンも、(そしてハンディキャップの有る人も無い人も)皆、見事にキラキラ輝いていたように映っていました。
8月24日の開会式の時に、私は「ダンサーとかミュージシャンで、障がいを持って活動している人を、よくこんなにたくさん集められたな」などという感想が、一瞬、胸の内に浮かんでしまったのですが、13日間毎日、各選手の活躍を見た後では自分の誤解に気がつきました。
「よくこんなにたくさん集めたな」ではなく、
「もともとたくさん居る。つまり、層が厚い。つまり、このくらい集まるのは当然と言えば当然の話」と認識すべきところだ、ということです。
例によって、コロナ感染緊急事態宣言下でこうしたイベントを開催することへの、「賛」と「否」は尽きませんでしたが、私個人は、このスポーツ大会が開催されて、世界の選手が集まって、そして、私のような一個人が「認識を大きく改める機会」をもらえたことに、大きく感謝しています。
私は、東京2020パラリンピックを見られて、本当によかった、と思っています。
折しも、このイベントの会期中、「新規感染者数」は減少傾向にありました。
以下、そのエビデンスです。(東京都の感染者数を時系列で並べてみました)
8/24火 東京感染者4220人(前週火曜より減↓)パラリンピック開会式
8/25水 東京感染者4228人(前週水曜より減↓)
8/26木 東京感染者4704人(前週木曜より減↓)
8/27金 東京感染者4227人(前週金曜より減↓)
8/28土 東京感染者3581人(前週土曜より減↓)
8/29日 東京感染者3081人(前週日曜より減↓)
8/30月 東京感染者1915人(前週月曜より減↓)
8/31火 東京感染者2909人(前週火曜より減↓)
9/01水 東京感染者3168人(前週水曜より減↓)
9/02木 東京感染者3099人(前週木曜より減↓)
9/03金 東京感染者2539人(前週金曜より減↓)
9/04土 東京感染者2362人(前週土曜より減↓)
9/05日 東京感染者1853人(前週日曜より減↓)パラリンピック閉会式
(これは「新規感染者数」の数値です。「医療逼迫度」は残念ながら、このようには下がりませんでした)
感染者数だけでなく、内閣支持率も下がる一方でした。パラリンピック閉会式が行われる二日前の9/3に、「もう退陣することに決めました」と発表せざるを得なくなった菅首相が、閉会式の場で心なしか寂しそうに(萎びた表情で)着席していたことも書き記しておきます。
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ともあれ、私には価値観を大きく変革された、貴重な東京2020パラリンピックでした。
極めて個人的な感想として
車いすラグビーの倉橋香衣選手と、陸上マラソンの道下美里選手のキュートな笑顔に魅了されたことも白状しておきます。
倉橋選手は、腕の長さが妙に印象に残って、この方はもしかして身長がすごく高いのではないか、とか
道下選手の笑顔は、女優の木村多江さん以上に美人なのではないか、
などという邪な感想を抱きながらテレビ画面を凝視していました。