コロナ感染は若干下火になっていますが、その代わりを補うように、日本列島に台風が来たり(10/1とか)、雷が落ちたり(10/2とか)、地震が来たり(10/7とか)、火事が増えたり(10/10とか)、やたらと難が多い昨今です。
地震雷火事オヤジ、のオヤジ以外は全部来ている感じです。
ただ、今の日本の最大の関心事はそうした天変地異ではなく、衆院の解散選挙です。
この10月14日に、新着任の岸田総理大臣が、権利として与えられた伝家の宝刀である「解散権」を行使して、衆議院を解散する運びとなりました。
首相着任から、戦後最短の日数で実施する奇襲解散だそうです。
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岸田文雄さんは9月29日に自民党の新総裁に選出され、翌週の10月4日には第100代総理大臣に指名されました。
「100」というのが、なにか、うらやましいです。
内容関係なく「100」はおめでたい気がしますよね。
菅義偉さんもこの数字になりたかったのではないでしょうか(どこかある日の時点で、ゼッタイにそう思っていたはずです>菅さん)
その新政権が発足した同じ週くらいに、さまざまな新聞社、テレビ局等がこの政権の支持率を調査して一斉に発表していました。
各社の調査ごとに実に数値がバラバラだったのですが、総じて報じられているのは
「思ったよりは、低いんじゃないか?」
…という論調ですね。「ご祝儀、不発」などという見出しも見かけました。
菅さんが昨2020年の9月に新内閣を立ち上げたときは確か60数%くらいで、国民の期待が集まっていた(斯く言う私も「さすがに安倍さんの時よりマトモなことをしてくれるんじゃないか」とちょびっと期待してました)ですが、今年の岸田さんは、そのときの菅さんよりは人気を集めてはいないようです。
でも、岸田さんの数字が低く出ていることにも、私はすごく納得をしてしまいます。
みんな(私も含めた、みんな)一年前の管さんがどうなっていったかを学習して、岸田さんにも「また同じようなことになるんじゃないか」と思っている。のではないか、と私は推測しています。
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総理に着任した岸田さんがその10/4の夜に行った記者会見の全文が、ここに記録されています。
同じ週の終わりの10/8に同じ岸田首相が 所信表明演説 を行った全文も、ここに記録されています。
どちらも施策内容としては同一の内容が述べられています。
読むと、なかなか良いこと が列挙されています。
成長と分配の好循環と、コロナ後の新しい社会の開拓…
新しい資本主義の実現……そのため、国民の皆さんとの丁寧な対話を大切にしてまいります。
国民の皆さんの声をしっかりと伺いながら、それを形にする、政策に反映していく。
…信頼と共感の得られる政治を実行していきたい。
素晴らしいことです。安倍さんの長い時代にどんどん失われていった「信頼と共感」が得られるのは、ほんとうに望ましい。
あまりに良いことばかりが並び過ぎて「総花的に並べただけですね」などという批判も(野党から)出されたくらいでしたが、ここに並べられたことが全部実現されるなら、素晴らしいことだ! と巷のイチ小市民である私は思い込むところでした。
私が、もし、一年前の管さんが首相着任したときの記者会見を記憶していなかったら、本当に岸田首相の演説に心からの拍手を贈っていたところです。
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でも、私は、一年前の管さんの記者会見を記憶していました。
以前の当欄コラムに記しましたが、菅前首相は、その前の安倍首相の時に国民の多くが思っていた
「政府って、国民がおかしいと感じることをたくさんやっているよな」
「説明すると言っていても説明しないし、おかしいと指摘されたことをおかしくないと言い張り続けてるよな」
…みたいなことをやらないと会見で言及していました。
「国民の感覚から大きくかけ離れた数多くの当たり前でないことが残っている(と考えている)」
「それらを見逃さず、現場の声に耳を傾けて、何が当たり前なのか、そこをしっかりと見極めた上で、大胆に実行する(それが私の信念である)」
…といったクダリです。
2020年の9月16日の時点では、これは素晴らしい “宣言” でした。
でも、その後の菅さんがどのような軌跡をたどっていったかは、皆さんの記憶にも新しいところだと思います。
2021年10月の岸田さんの “素晴らしい宣言” がどうなるのか。
カタカナ用語でいうところの、そのフィジビリティ feasibility はどうなのか。
1年前の学習が生きている私(達?)には、宣言の内容をそれなりに、差し引いて考えなければならないな、と思うところです。
まして、今回は岸田首相自らの選択でスケジュールされた衆議院選挙の直前(戦後最短の“直前”!)というタイミングです。
選挙での票を集めるために、実現しないキレイゴトを並べている、という解釈も十分にできる状況です。
そのキレイゴトにうっかり心を動かされて、投票してしまったりしては、投票権を持つ国民として悔しいことこのうえありません。
もしかすると、同じように考える人が少なくなかったから、「ご祝儀 不発」の岸田新政権支持率になったのかもしれません。
現に
「総裁選への出馬を表明していた時」にしゃべっていたときの岸田さんの言葉
↓
「総裁選で勝った時」にしゃべっていたときの岸田さんの言葉
↓
「総理に着任して組閣する時」にしゃべっていたときの岸田さんの言葉
↓
「所信表明や各党代表による代表質問」でしゃべっていたときの岸田さんの言葉
これが時系列でどんどんトーンダウンしている様子が、とても不安に思えてきています(私は)。
なんでもかんでも批判する野党の代表の話ではありませんが、内容がどんどん安倍さん、管さんの時代の記憶を呼び覚ますようになってきている気がします(早くも)。
何が信用できて、何を信用してはいけないか。
ここはオトナの判断力を十分に発揮していかないといけないな、と自戒しているところです。
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政治や選挙の話を離れても、信用や信頼、そして共感はとても大事です。
コピーライターという職業をする人間がもっとも重視しなければならないのが それです。
実際の製品やサービスを、まだ手にしていない消費者のみなさんに、
「これはよさそうだな」
「お金を払ってこれを入手してみようかな」、あるいは、買うという行動をとらないまでも
「自分が思うところにすごく近いと思うな」
と思っていただけるような文言を作って、それも信用や信頼や共感を感じてもらうのがコピーライターの仕事です。
しかも、それは製品やサービスを買ってもらう時だけ、ではないことも仕事をするなかで学習してきました。
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前々職で化粧品会社の宣伝部で仕事をしていたのですが、そこで、製品である或る化粧品のメリットを訴求するコピーを書いて社長に選んでもらう場面がありました。
「肌にべとつかないのに、しっとり潤う」的なことを訴求した内容でしたが、社長のコメントがいまでも印象に残っています。
「これはユーザーにはうれしいことだが、実際の製品はほんとうにここまでの効果が出せるのか?」
という趣旨のコメントでした。
つまり、
コピーを見て買ってもらうのは良いが、買って使用した人からみてそれはウソや大袈裟に感じられることはないか。
広告コピーでは実際のユーザーがほんの少しでもウソだと思うようなことは書いてはいけない。
そんなことをしたら、ユーザーは二度と同じ製品を買ってはくれなくなる。信用も無くす。
メーカーとしてはそれは絶対にしてはいけないことだ。
これは、
「多少は誇張してでも消費者の人に振り向いてもらえるインパクトが、広告には必要だ」という方向で
広告企画を提案していた広告代理店のなかでは議論されることがあまりなかった視点でした。
「信用の重み」
その重さの違いに気がついたものでした。
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「国民の一票」というものを得ようとしている、政党のみなさんは、このような信用の重みはどのように考えているものでしょうか。
聞いても教えてくれるようには思えないので、そこはなんとか、自分で見きわめて、判断をしていきたいと思います。
(それから私自身も、信じてもらえる言葉を考えていかなければならない、と思ってます)