(前回コラムの冒頭でもお伝えした)今のメインの仕事として関わっている会社が、そのコーポレートサイトで「ビジョン」とか「パーパス」を掲げています。
昨今の世の中における企業運営の傾向として、そういった「会社の方針」を明文化して掲げることが、人材採用やIR上の対策として重要(というか、もはや “必須” )になっていることから、こちらの会社でも、明確な文言を策定しているわけです。
ITマーケティングと海外人材の分野でグローバル市場を視野に入れたビジネスを展開しているこの会社では
「いまはまだない未来を創っていく」 といった狙いや
「いつまでも持続する価値を創造する」 という主旨の「ビジョン」「パーパス」を掲げ、そのディスクリプション(説明)テキストの中で次のような説明を書き添えています。
国内外のあらゆる人が出会いを楽しみ、
生活の質を向上させ、明るい希望を抱きながら、
豊かな人生を送る社会を創りたい。
そんな豊かさの恩恵を、
1000年先の未来の人々にまで届けたい。
つい先日も、この会社の社長さんが、4月の新しい会計年度を迎えたタイミングでの全体集会で、この「1000年先の」という部分を、社員一同に改めて強くアピールし、「気を引き締めて、事業の展開にチカラを入れるように」と、活を入れていたものです。
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百年先、ではなく、1000年先、というのは企業としての志の高さとしてなかなかのものだと、私も感心はしています。
ただ、全体集会の場で社長の言葉を聞いた社員の 少なからぬ人 は、ただ記号的に「うむ、1000年後だな」と言葉を覚えただけではないか。
1000年後のリアルなイメージに思いを巡らせた人は、多くないのではないか。
…と、へそ曲がりな私は思ってしまいました。
「1000年先、という遠い未来にまで、人が生きる社会に恩恵を届けられる事業って、どんなもの?」という命題は、じつはとても一筋縄ではいかないものであるはずです。
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冒頭で触れたように、いまはどこの企業でも、「ビジョン」「ミッション」「バリュー」「パーパス」といったものを策定していて、世の中のコピーライターもその言葉の策定に関わる機会がたくさんあります。
しかし、こうした言葉の策定で、得てして陥りやすいのが「言葉を作ったのはいいけど、それがただのお題目になって、社員ひとりひとりの行動にまで浸透することがない」という事態。
いわゆる「仏作って魂入れず」状態で、言葉を作った本来の目的が達成されないまま、ただのお飾り になってしまうのが大きな懸念点です。
かつて(2000年か、2001年当時)博報堂のプロジェクトで、J-Phoneという(最近、NHKの『新プロジェクトX』でも取り上げられていた)懐かしい携帯電話ブランドのブランディングに関わっていた際、そこのクリエイティブチームでも、このことは大きな課題となっていたものでした。
コーポレートビジョンに「1000年先」を謳った冒頭の会社でも、私は、その体験から「大きな志を掲げたこの言葉を、ただのお題目やお飾りのようにしては、いけない」と、会社の管理部門の方々にご忠告させていただきました。
その忠告自体が、みなさんのお気持ちに届いていればいいな、とは思っているのですが…。
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ところで、「1000年後の日本や世界」は、本当に、どんなことになっているのでしょうか。
私には、それも気がかりな点でした。
ただ漠然と 1000という数字を追い浮かべても、なんのイメージも浮かんでこないので、まず、歴史の中で「1000年」というタイムスパンは具体的にどういうことなのか、を考えることからやってみました。
1000年後が思い浮かばないので、まず、「1000年前」を振り返ってみた、というわけです。
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2024年の今から1000年を遡ると、西暦は「1024年」。
時代は、「平安」です。

そう、こういう景色の時代ですね
年表を確認すると、ウグイス鳴くよ 「794年」の平安京遷都から、いい国作ろう 「1192年(別説では1185年)」鎌倉幕府成立までが平安時代とされているようなので、 1020年代は平安時代のなかでも終わりに近い方であることがわかります。
さらに年表をよく見ると、今年の年明けから放送されているNHK 大河ドラマ『光る君へ』で、主役の紫式部(まひろ)と並んで、準主役ともいえる藤原道長が、その頃にまさに活躍していて
1017年 藤原道長が太政大臣、子の頼道が摂政になり、藤原氏全盛となる。
1019年 藤原道長出家。
1022年 藤原道長、無量寿院を法成寺に改める。
…となっていたと書かれています。
ちなみに
1028年 藤原道長没。
…とのことで、【いまから1000年前】は、藤原道長の人生の、ほんとうの終盤にあたっていたようです。
ドラマでの柄本佑さんの演技のことも思い出され、「1000年前」が、急に身近に感じられてきます。
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そんな時代に、どんな事業(仕事)があったかと考えると、
・農業(農民の仕事)
・水産業(漁師の仕事)
・鉱業(金や銀を掘っていた人、必ずいたはず)
さらには、
・建築業(寺社や屋敷を建てる大工さん、いたはず)
・土地管理/税管理業(農民から年貢を取り立てる役人がいた)
もっと細部な仕事を思い浮かべれば
・家具製造業(調度品を作っていた人がいた)
・刀鍛冶業(刀もあった)
・酒類製造・販売(間違いなく飲んでいた)
・芸能業(大河ドラマでも描かれていた「散楽」や「舞楽」の従事者がいた)
…といった仕事もあったはずです。
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但し、いま(2024年)の世の中で産業として成立している、次のような仕事は1000年前には、まったくありませんでした。
・機械業
・電機業
・卸売 小売 流通業
・証券業
・運輸業(牛車は運輸だった?)
・電力 ガス業
そしてもちろん、今の産業界を “未来” へ向けて大きく牽引している「IT技術・サービス業」は、1000年前の人たちにとっては 影も形もない、まったく予想不能の仕事 であったわけです。
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このロジック(というか、”肌感覚” )から考えると、2024年に生きている私たちが1000年後である「3024年」に続く事業を考えることは、平安時代の人が ITとかAIとかの技術 を思いつくのと同じくらい、困難なことであるはずです。
ただのお題目で 「じゃぁ、1000年先のことを考えようね」などと、軽く考えている範囲では、とうてい、何も思いつけない距離感にあることが、具体的にイメージできてしまいました。
乱暴にいってしまうと、1000年も経った未来では、電気やガスなどはもうまったく使わずに、全然違うモノをエネルギー源にしているかもしれません。
(1000年前には、電気もガスも まったくなかったものでした)
さらに、人間が毎日ご飯を食べるという生命的習慣さえも変わってしまっているかもしれません。
(そうはならない、と断言できる材料もまるでありませんからね)
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1000年後の世界の様子が想像できない、ということ以前に、話を日本に絞ると、日本がその時代にもまだちゃんとあるのだろうか、という大きな問題も最近、話題にのぼっています。
その予兆の一つとして
「500年後の2531年には、日本人全員の名字が「佐藤姓」になってしまう」
という報道がありました。
少子高齢化がこのまま続いて、日本全体が 限界集落化 することで
「3300年頃には、日本の人口がゼロになって、日本国は消滅する」
という推論も発表されています。
そんな1000年後で日本人がひとりもいなくなる遙か前である約百年後に、
「2100年頃には、経済や社会インフラが回らなくなって、国としての機能が失われる」
という警鐘も鳴らされています。
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今回は、1000年後のビジネスを考える以前に、もっと優先して考えなくてはならないことがある、と気づいてしまいました。
でも、気づいただけで、そこから先をどうしたらいいか、完全に思考停止してしまっているのですが……