2024年11月17日(日)、兵庫県知事選挙の投開票が行われ、県議会から全会一致でNOを突きつけられて失職した前職知事が当選(再当選)しました。
この様子とその後の動向についてさまざまな情報を耳にしている人も少なくないと思います。
この一件を報じるニュース記事で多く取り上げられたのが「当選した記事はSNSの力で支持を獲得した」という主旨の情報でした。
実際に同候補者に票を投じたという街の人のインタビューでも
「最初は悪い人かと思っていたが、YoutubeとかSNSを見ていたら、そうではないという気になってきた」
「マスメディアは事実を報道していない」
「SNSを見て、マスメディアは “権力側” の情報しか流していないと思えてきた」
「前職候補者は悪くない。前職候補者を排斥した県議会の方がウソをついている」
…といった論調の意見が多く流されていました。
(正確には、メディアがそういう意見を多く採りあげて報道していた、ということになりますが)
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対抗候補として名乗りを上げていた女性の候補は、事前の票読みでは「互角の接戦」と報じられていたのに、フタを開けてみたら 圧倒的敗戦。
ニュースをみていると(←これも、主としてマスメディア側のニュースですが)「途中からSNS上で、言ってもいないデマ=有権者がネガティブに感じるような情報=を主張していると再三繰り返されて、その結果、有権者が離れていった」
…との主張をしているようです。
そういったネガティブ主張をしたか、しなかったかは発言録を精査すれば事実が判明するレベルのことなので、この対抗候補者は、このことについてはウソは言っていないのではないか、と私には思えます。
(私自身が彼女の発言録をすべて検証したわけではありませんが、多くのメディアで、「この女性候補はウソを言っている」という報道を見かけることがないので、これはまず間違いないのだろうと思えています)
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一方、彼女がそういう主張をしていた(ヘイト行為をした)といった「SNS通報」で、彼女のXのアカウントが凍結させられたことについて、彼女側は、偽計業務妨害として刑事告訴をするとのことです。
こうした報道の空気感からすると、そのSNS通報(多くは匿名で行われていたものだろうと想像します)は、おそらくそうした“通報”はあったのでしょう。
彼女が実はそうしたヘイト主張をしていて、通報が妥当なもので、そのうえで確信犯的に刑事告訴に踏み切るのだったら、それは彼女の側に、相当に落ち度があることになりますが、私には、彼女はそういう人ではない と思えて仕方ありません。
この「確たる根拠はないけれど、この名前の人は、これこれこういう人のように思える」という意識の形成は、広告の世界では、 ブランド もしくはブランディング と呼ばれます。
商品やサービスを売る広告主は、このブランド感を醸成して獲得するために、日夜 広告などの発信活動を行っていると言い切ることができます。
つまり、対抗候補の女性はヘイト行為などの 悪いこと をするようには(私高澤には)思えない。(=私の中で 彼女にはそういったブランド感がある)
となると、X社側へ 通報 をした 多数のSNSアカウントにある種の悪意がある。
…と私は、胸の中で思っています。
ただし、対立候補の彼女は、結果としては敗戦を喫してしまったことからすると、大きな意味で ブランディングに失敗した(あるいは、ブランディングの闘いに負けた)ということになってしまう。
ここに、痛し痒しの部分がある。
というのが、今回のこのコラムの私の想いの中心です。
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今回再当選した、前職候補者は、対抗候補者のこうした “SNS上のハンディ” の影響も享受しつつ、自らがSNSで「自分は悪くない」「悪いのは、自分を悪いといった側の人たちだ」という情報露出を拡散することで、結果として当選票を手にしたのだろうと思います。(←推測です)
また今回の選挙において、日本の政治界ですでに名を挙げているT花某という人物が「自分が当選する目的でなく この前職候補者を支援するために立候補をして、選挙候補者にしか与えられない権限を駆使して、前職候補者の “無実/潔白” を主張したこと」も事実として報じられています。
このT花某は、政治の世界に(よく言えば)新鮮な法解釈を繰り返し取り入れ、“現状の革新” を図っている人物です。
2024年7月7日投開票だった東京都議選で自身の政党候補者を多数出して、その選挙ポスタースペースを “商用販売” したのも実に斬新な、頭の固いワタシなぞでは到底思いつけもできないような、アイデアでした。(←ここは褒めています)
ただ、そうした 斬新なアイデア が得てして社会の良識を無視、もしくはその良識の在り方を打ち壊す方向で発揮されているのが、残念なことであることも否定できません。
今回も、「自身が当選する目的なしで立候補する」という行為が、法の趣旨としてアウトではないか、といった論議もなされているようです。
ご本人としては それはあくまで選挙活動の一環 と主張しつづけているそうですが、私にはそれは「自分のやりたい放題を正当化するための方便としての、方便」のように思えています。
それが、私高澤のT花氏に感じる ブランド感 です。
さらに、ここへきて、その前職候補者が、PR業者へSNS情報拡散業務を委託していた、それが公職選挙法違反では無いか、という論議も噴出してきているようです。
私個人の思いとしては、この前職候補者の人はつくづく つくづく つくづく ホワイト案件 とならない人だなぁ〜 とやや溜息まじりで眺めるしかない、と思っているところです。
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さて。 (その私の溜息はさておいて)
私が今回 気にかけているのは、この前職候補者 サイトー某氏の人物評ではなく、彼を再当選に導いた多くの兵庫県有権者の方々の心の動きについてです。
有権者の方々の多くは、「この選挙の投票先として、何をどのように判断したらいいかぜんぜんわっからな〜い」というところがスタートだったのではないでしょうか。
わかっているのは、前職候補者は、県議会の全会派・全議員から「あなたは知事の職を続けるにふさわしくない」という NO を突きつけられて、失職した。
そこで空いた知事職ポストを埋めるために選挙が行われることとなり、同知事選で過去最多の候補者が立候補した。
…というのが、有権者の人が知る大筋だったはずです。
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テレビや新聞などのマスメディアは、選挙が始まる前は、不信任を受けた前知事の言動や状況を細かく報道できていたけど、選挙の時期に入ってからは、公選法やら放送法やらで、この「特定の候補」にだけ的をしぼった報道はできない。
これらの法律には「そこで報道を自粛せよ」などと書いてはいない、と論を張る記事もみつけましたが、実際には大手マスメディアは選挙期間中の サイトー氏報道を手控えたはずです。
マスメディアで細かい情報が得られなくなった替わりに、有権者の人たちはSNSやYoutube動画などを見始めた。
これらのメディアは、前出の法律では(テレビ・新聞ほどは)縛られていないから、ですね。
そこにT花氏や、「サイトー氏からSNS戦略全般を任されたとご本人が発言しているPR会社さん」が、サイトー氏を援護射撃するメッセージを送り続けた。
その結果、有権者の人たちの少なからぬ層が「サイトーさんは悪いことはしていないのではないか」
「大手マスメディアは事実を曲げている。曲げているとまでは言わないまでも、事実を一部隠している」
「サイトーさんは悪くない。サイトーさんを応援すべきだ」
という 意見 が少なからず形成されて、その結果、前職候補者へ投票する人が多くなった。
…これが、私が 意識的に多くのメディアのさまざまな報道を見比べて、兵庫エリアで起きた出来事のあらすじ として理解したことです。
ここで確認できる明らかな事実は、
①「前職候補者は、議会などから完全に信用を失って失職した」こと
②「でも、同氏は兵庫県有権者から多くの支持(得票)を得て、かなり圧倒的に再当選した」
です。
さらに、そのプロセスとして推測されるのが
③「多くの有権者が、マスメディアでなく SNS・Youtumeを見て、“サイトー氏に投票すべき”という意見を形成した」
④「そのSNS・Youtubeの土俵で活躍したのがT花氏や、今問題視されているPR会社である」
ということになるかとも考えられます。
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ここから先は、私のごくごく個人的な意見 つまり持論(自論ってのは誤字のようですね)です。
私は、XやTiktokで流れてくる情報を信じていません。Youtubeという媒体もどちらかといえばあまり信用しません。
一方、大手マスメディアとしてカテゴリーされている、「新聞社」や「テレビ局」の発信は、ある程度 信じています。(その理由は10数行ほど下 ↓ で記します)
さらに言えば、T花氏という人の発言は、これは、ほぼまったく信じません。この人の発言は信じるに値しない、とさえ思っています。
同氏は(少なくとも私に対しては)信用するにたるブランド感は醸成していない、というのが理由です。
この人は、世の中の常識、もしくは固定観念を覆す革新的な考え方を持っている人だと思っていますが、その延長線上として、コンプライアンスということへの配慮も捨て去っている人のように思えるからです。
しかし、兵庫県知事選の有権者の方々は、私が警戒心を抱くT花氏(やその他の多くの前職候補者擁護者の人たちの)SNSでの発信情報やYoutubeでの情報に心を動かされて投票行動に活かしたようです。
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つい今月、非常勤講師をしている大学で「広告コピーとは」というテーマの講義を行い、そこで“実習課題” として「新聞を読んでもらう人を増やすコピーを作れ」という課題を出しました。
(新聞の購読者は、もう何年も何十年も右肩下がりで減少している、ということを気にした私からの発案で、そうした課題を出させていただきました)

今回の講義に集まってくれたみなさんの景色。昨年と同じ階段部屋(大講義室)で行われました
学生さんからの課題が一通り出そろったところで、[ネットニュースよりも新聞メディアのニュースの方が有利な理由の一つ」を学生さんたちに (私の持論として) 次のように伝えさせていただきました。
「新聞メディアは基本的に、自分たちでニュースを取材し、その真偽について責任を持って記事を発信している」
「つまり、記事の内容に責任を持つ人が明確に居て、誤った情報を発信しないようにするべく職業的倫理観を持って仕事をしている人が情報を発している」
「真実を伝えたい!と情熱を持って仕事をしている人が、新聞業界にはまだまだいるはずだ、と私 高澤はまだまだ信じている」
「一方、ネットメディアは(その多く、あるいは一部)は、他の媒体からの引用が多い。場合によっては、複数の媒体からの引用をミックスして記事化して発信している場合もある」
「ましてや、Xで流されているニュース情報は、匿名の人が、その情報の真偽に責任を持つこと無く、個人の気分(好み)でテキスト化したり、あるいはただのリツイートをしている場合も少なくない」
「つまり、そこには、記事の内容に責任をもって発信している人は、いない。と見ても構わない状態」
…というのが私の 持論 です。
毎月4700円の購読料(=夕刊はとらずに朝刊だけの契約)を払って新聞を読んでいる私の本心がここにあります。
(その代わりと言っては何ですが、ディズニープラスやNetflixのようなサブスク動画の契約は一切していません。Amazonプラスもやっていません)
とくに政治的なイデオロギーに関わる分野を始め、意見形成が微妙な分野においては、この「情報の真偽」についての判断は、私としては重要だと信じています。
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ちなみに、こんな調査データもありました。
ニュースを見る媒体の違い(年齢別)調査結果:
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-jikan/column/media-2021-12.html
50代と60代で見事に逆転していました。私は、今、60代。まさにこの調査通りの結果となっています。
60歳代の私は、「情報の真偽に責任をとる人がいないSNSを情報源にすること」は、まだあまりしたくありません。
以前 オールドメディアが好き と記したコラムも書きましたが、私にとって、SNSの世界は、まだまだ 無法地帯 だと思えているからです。
こんな私の考え方は、古いでしょうか、ね?

私にとっての「情報の真偽性」における SNS世界のイメージ。ChatGPTさんに「無法化された都市イメージを作って」とお願いしたら描いてくれました。