半年ほど前に 情報メディアとしてのSNSの信頼性について、こんなコラムを書きました。
兵庫県知事の辞職と再選を発端として、SNSのメディアとしての力について思ったことを書いたものでした。
それから半年経っても、この案件はまだまだニュースとしてくすぶり続け、私たちはあの知事の顔をいまだに毎日のように目にしています。
さらに、さまざまなメディア(テレビ局とか新聞社などのオールドメディア)がこの件に絡めて、「報道の在り方」や「自分たちメディアの存在価値」について情報発信をしている場面も多く目にするようになってきました。
そうした発信の多くは「SNSが力を持っている今、自分たちオールドメディアはどうしたらいいのか」といった自問自答をしているように見受けられます。
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最初に強く意識に残ったのはこの2025年の正月に箱根駅伝を見ていて流れてきた読売新聞のテレビCMでした。
本当はこの「変われ、読売。変わるな、読売。篇」でなく、この「信じてもいいですか 篇」篇が印象に残ったのですが、こちらは権利関係の事情か、もう非公開になってしまっていました。
仕方がないので、このCMを紹介する宣伝会議Adfvertimesの記事を貼りつけます。
この記事の下のスタッフリストを見たら、なんとこれは私の友人の赤城さん(とか、私がかつて所属していた会社)が関わっていた作品でした。
CMの動画内容は見られませんが
真偽不明な情報を、誰もが手軽に発信出来る時代だからこそ
中立性を保った、信頼できる情報を発信しつづける意義がある
といった強いメッセージが込められていました。
正月の朝から酔っ払ってテレビ画面をぼんやり眺めていた私は、不覚にもその言葉に深く頷いてしまったものです。
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「ネット時代のメディア論」については、新聞紙上でも多数取り上げられています。
たとえば、こちらの朝日新聞記事。
BPO(放送倫理・番組向上機構)委員の小町谷育子さん、作家の古谷経衡さん、東京大学特任教授の瀬川至朗さんのコメントをまとめた記事です。
小町谷さんや瀬川さんは
「SNSなどでは もっともらしいけど事実ではない情報が簡単に拡散され、多く目につき、その結果それが信用されるようになった」
「情報は調査・裏付けが大事。“事実”を伝えることが大事」
「それが報道とかジャーナリズムといったものの大きな役割」
…といった、わかりやすい正論を伝えてくれています。
が、古谷さんのコメントではさらに大きく踏み込んだ分析がなされていて「ほお!なるほど!」と大きな気付きを与えられました。
SNSなどネットメディアには“身体性”がある という説です。
「テレビ・新聞等のオールドメディアは、受動のメディア」
「SNSやネットは、自分で情報を取りに行く 能動のメディア」
自分がカラダを動かして(=検索とかクリックとかして)取得した情報は、「自分で選んだ」という感覚が強まる。
→ゆえに、自分にとっての信憑性が高くなる。
これが古谷氏が説く「ネットメディアの身体性」です。
「自分の意思とは関係なく流れてくるテレビのニュースや新聞の記事と違う」
「自分の意思で選んだ情報であって、押しつけられたものではない」
「強制でなく選択したものだから、“自分ごと”として受け入れやすい」
ネットならでは身体性ゆえにその内容を信じやすい、というのが 今起きている現象だと解説されて、私は「なるほど!」と膝を打った次第でした。
つまり、それは「情報の中身が真の事実かどうか」は無関係。
「情報が自分のところにやってくる道筋」のことしか含まれていない、ということになります。それが今の「SNSの力」だという看破する古谷氏の説に、私はほとほと納得させられてしまいました。
(古谷氏の「SNSの身体性論」は、こちらのYahoo記事をみてもよく理解できます)
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ちなみに、当サイトの一連のコラム群で何度も書いていますが、私は揺るぐことのない旧メディア信奉者です。
毎日「自分の意思とは関係なく流れてくるテレビや新聞のニュース」を見て、信じ切っている。
それは、単に「ブランドだから信じている」ではなく「そこで働く人の矜持を信じている」というのが理由となります。
「彼らは事実を事実として伝えることに強い使命感をもっている」
「そのために調査し、裏取りし、報道することに誇りをもって臨んでいる」
「だから、他の目的を果たすための情報操作や、インプレッション/レスポンスを狙うだけの怪しい情報は流さない」
そういう人たちだと思うからこそ、私はオールドメディアを信じている。と言ってよいでしょう。
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とはいえ、社会の中で「何が真実で、何がフェイクなのか?」という問題は、これからも続くと思います。
むしろ、生成AIやボットが発信する“フェイクらしきもの”が増えていく中で、議論はますます複雑になっていくはずです。
ただ、そうした時代の流れの中でも、私のスタンスは揺るがない、というひとつのエビデンスが、ここにあります。

これは私のiPhoneの[スクリーンタイム]のログ。
つまり、私がスマホの画面を眺めている時間の記録です。
この[スクリーンタイム]の見方を教えてくれた友人デザイナー氏いわく、「一日平均 1.5時間そこそこというのはかなり驚異的」とのことらしいです。
Youtube動画や、Instagram・TikTok等のSNSを情報源としていない私は必要以上にスマホ画面を眺めることをしていません。
つまり、私は、情報収集をスマホにあまり依存していないこととなります。
(それが良いことか、時代に即していない悪しきことなのかは別として)
さて、みなさんのスクリーンタイムはどのくらい?
iPhoneだったら[設定]をクリックして、ちょっと下の方へスクロールすると[スクリーンタイム]の項目が見えてきます。
スマホ依存、ネット依存の程度を、ご確認してみてはいかがでしょうか。