この2025年も、またとんでもなく暑い夏でした。
夏が暑かっただけでなく、9月に入っても猛暑が続き、世の人が「ちっとも秋にならないね」と嘆く事態ともなっていました。
ウェザーニュース社も この記事 のように「日本の夏はここ3年、史上最暑の記録を更新し続けている」と異常事態宣言を発表しています。
正常な夏はもはや望めないのか、という気にもなってきます。
・当欄でもここ毎年「夏がどんどん暑くなっている」というコラムを毎年記録してきました。ウェザーニュース社の発表を裏付けることとなっていますね (^_^;
2021年の猛暑コラム(静岡県の船明がいかにも暑そう)
2022年の猛暑コラム(熱波の山火事でコアラが危機)
2023年の猛暑コラム(暑さに「レジリエンス」が大事)
2024年の猛暑コラム(いまや地球規模で気象異常)
暑さの記録はすっかり「恒例行事」と化しています。
もはや猛暑こそが正常で、涼しい夏があったらそちらの方が異常に思えるかもしれません。
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ただ、私自身は 以前のコラム でも記したように暑さがまったく苦にならないタイプです。
むしろ暑い気候の方が助かる。
ガス代や電気代等の光熱費も大幅に倹約できる(上記コラムに記したように私の家は猛暑の夏でもエアコンを使ったことがないので)…と感じている人間なので、9月、10月になっても涼しくならないのは有り難く思っています。
普通なら「異常気象だ」と眉をひそめるところですが、私にとってはむしろ「正常」な暮らし方になりつつあるというところです。
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そんな2025年の残暑で、ひとつ気づいたことがありました。
それは 虫の音 です。
9月に入っても猛暑日が続いて「ずっと夏」であり続けた今年。
しかし8月最終週=8/25(月)を境に、家の周りで聞こえる虫の音が、セミから一斉にコオロギ・スズムシに変わったのです。
気温は、暑いまま。暦と体感はズレっぱなし。
なのに、虫たちはしっかりと暦を守って、季節を刻んでいる。
あまりに印象深い変化だったので、しっかり手帳に記録してしまいました。
日本の気候を含む地球の環境状態は、「異常気象」としては年々変わりつつあるけど、虫の世界は、営営と昔ながらのペースを保っているのでしょうか。
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こうなってくると「自然の流れ」(=地球の上の自然環境のことも、あるいは、人の暮らしの在り方なども含めた「流れ」)で、何が正常 で 何が異常 なのか、というその区切りがどこにあるのか気になってきます。
今年の1月から第2期目として就任した米国トランプ大統領は「いまの地球に気象異常など存在していない。気象異常を唱える人々は 世界史上最大のグリーン詐欺 を働いている」と言い張っています。
私自身は、氏の発言こそ異常だ思っていますが…。
(とにかく自分の利益を上げるために 黒いものも白だと言い張り続けるのが氏の仕事なのだろう、と私は理解しています)
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トランプ大統領の妄言 はともかくとして、正常と異常の境目とは、いったい何なのだろう、と気になっていたところに、また目のウロコを落としてくれるような思考経路を見せてくれるコラムに出会いました。
以前から当欄でたびたび引用・紹介をしている安田佳生さんのコラムの 2025年9月10日分 です。
要旨を抜き出すと、こんな内容です。
●地球環境の変動は、地球の歴史を振り返れば常に繰り返されてきた自然な現象。
●気象「異常」と称するのは、それが人間にとって都合が悪いから。
●つまり「正常か異常か」の判断は「誰にとっての異常なのか」を明確にする必要がある。
●客観的に考えれば「都合がいい状態がずっと続くこと」を期待する方が、むしろ異常。
●「すべての物事は変化し続ける」。そちらの方が、きわめて正常な状態。
●さらに言えば、「正常と異常は簡単に入れ替わる」。その事実を忘れてはならない。
これはまさに目からウロコが落ちた気にさせられました。
この考え方を演繹すると、前述のトランプ大統領の発言はあながち間違っていない(かもしれない)という方向にも進むことになるでしょうか。
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安田さんはさらに、関連する別コラムで老化を例に「正常と異常」を論じています。
●年齢を重ねると体に不調や疾患が増える。
●これは本人にとっては不都合だけど、ごく自然な現象。異常ではない。
●いかに健康を努力をしても、老化を止めることは不可能。劣化を遅らせることしかできない。
●つまり、老化現象については(についても?)起きたことを受け入れるしかない。
●老化は「生物として、きわめて正常」。その「不都合」を受け入れることこそが大人になること」と考えるべき。
私自身も、まさにその「不都合を受け入れる問題」に直面しています。
– 足首の関節がダメになった(軟骨の欠如による関節炎。何をしても治らないと診断)
– 奥歯が急に悪化した(親知らず以外は一切抜いたことがない自分の歯を抜歯しなければダメと診断された)
– 愛用しているメガネのパーツがダメになったり、家の家電が次々と故障し始める。
(家電は、なぜかひとつ壊れるのも、他のものも同じタイミングでダメになっていく。不思議です)
これらも、まさに「同じ状態は続かない」という極めて正常な状態。
私にとってはとてつもなく不都合なことですが、この不都合を受け入れて ≒ 変化に対応していくことが オトナとしての正常な対応 ということになるわけですね。
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ここへ来て、改めて思い出すのが、コピーライターの大先輩・仲畑貴志さんが約40年前に作ったポスターのキャッチコピーです。
異常も、日々続くと、正常になる。

1984年のTCC(東京コピーライターズクラブ)年鑑の1ページです
このコピーの深さを、40年経った今、改めてかみ締めています。
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結局、「正常と異常」という区切りは、誰にとっての都合か、どの時間軸で見るかでいくらでも変わる。
異常も繰り返されれば正常になるし、正常も視点を変えれば異常になる。
そう考えると、私たちが「異常気象だ」「体の異常だ」と口にしていることの多くは、もしかすると「ただの正常」なのかもしれません。
そして、その正常と異常のはざまで揺れながら暮らすことこそ、人間らしい営みなのだと、猛暑の中で虫の音を聞きながら感じた夏でした。